カテゴリー「ニュース」の記事

2011年3月28日 (月)

拍手だけでなく

Tohoku 甲子園球場に足を運んで大垣日大-東北戦を観戦してきました(写真は毎日.jpの記事より引用)。

 試合は7-0で大垣日大の快勝。東北高校には地震のため準備不足という側面もあったのかもしれませんが、ここはやはり大垣の走攻守にわたるソツのなさが際立つゲームだったと言えるでしょう。左サイドスローの葛西(かっさい)投手が繰り出す(たぶん)スライダーが三振の山を築き、コンパクトに振りぬく打線と隙あらば次を狙う走塁は、たとえ無得点であっても相手の守備陣に強烈なプレッシャーを与え続けました。

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2009年1月25日 (日)

アレサの歌声を聴きながら

 アレサ・フランクリンの歌声は、心なしか震えているように聴こえた。

 寒さのせいもあったろうけれど、自身の歌声で初の黒人大統領の誕生を祝えることに対する少なからぬ興奮と喜びが、彼女の声だけでなく、心も、魂も震えさせたのではないか。2009年1月21日。オバマ新大統領の就任式典で、レディ・ソウルことアレサ・フランクリンが登場して、『アメリカ("My Country, 'Tis of Thee")』を祝唱するのを見ながら、僕はそんな風に感じた。


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2007年8月 3日 (金)

言葉の旅は続く

阿久悠さんが亡くなりました。

僕らは子供の頃から、ピンクレディやジュリーの物まねをして彼の作った詩を歌っていました。

単に歌い手たちに惹かれて、彼らと一体化、同一化したいがために真似て歌う高揚感といったものももちろんそこにはありました。振り付けを真似したり、こぶしの回し方を真似したり、そういったものはパフォーマーの作り出したニュアンスでしたから。

けれど、何度も口ずさむうちに、幼い僕たちは不思議な情景が脳裏に描き出されてゆく感覚を味わいました。皆さんは味わいませんでしたか。少なくとも僕は、味わいました。

ちあきなおみのおどろおどろしい表情を真似しながら『喝采』を歌った小学校3年生(※)。「私たちこれからいいところ」と歌いながら、それは一体どんなに『いいところ』なのか、悶々と空想していた小学校6年生。人は恋をするだけでなく、北の宿で恋を懐かしむこともあるんだと知ったのも同じ頃。そうやって僕たちは大人の世界を少しずつ、少しずつ、歌謡曲の中から覚えていったのです。(※『喝采』は阿久悠作詞ではない旨、コメントで指摘がありました。お詫びして削除します。)

いたいけな子供に陰のある大人の世界を教えるまさに『悪友』のような存在。

それが阿久悠さんでした。

僕が世に吐きちらすコンテンツは、あなたの言葉のように誰かに何かを教えてあげることができるでしょうか。僕らの会社が垂れ流す言葉たちは、あなたが作り上げた世界のように、光と影と、失望と希望とが絶妙のバランスのリアリティで見るもの聞くものの心へと染み渡るでしょうか。

それを自分に問いながら、少しずつ生きていこうと思いました。

ご冥福をお祈りいたします。

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2007年2月15日 (木)

6か国協議

東京出張でした。

最近は毎月定期的に東京支社に出張しているので、出先にも落ち着く場所が自然と出来てきました。そこに会社の大先輩がいるのですが、この方が気さくな方でいろんなことを毎度雑談して帰ってくるのが結構出張の楽しみだったりします。

で、今日の雑談。

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2007年1月22日 (月)

宮崎知事選

宮崎知事選はちょっと気になってたんです。

政治がどうとかそういう視点ではまったくなくって官製談合事件の責任を問われ、辞職した前職・安藤氏の名前が『忠恕(ちゅうじょ)』と書いて『ただひろ』って読むんだあ、というその一点で。昨年、澁澤栄一に関する本を読んだ時に印象深かった言葉がこの忠恕って言葉だったものですから。

忠恕【ちゅうじょ】 自分の良心に忠実であることと、他人に対する思いやりが深いこと。(大辞泉より)

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2007年1月20日 (土)

Remember 17th January

今年は1月17日に、あの日―1995年1月17日―のことを書きませんでした。仕事でも個人のブログでも一切触れませんでした。それには理由があります。

あの地震から後にも大きな自然災害がたくさんありました。スマトラ沖だとか新潟だとかいつぞやの台風だとか。でも、それらの日付を僕は言えないのです。正直に書いておくと日付どころかどの季節だったのか何年前だったのかも即答は出来ないのです。

それらの災害で命をなくした人もいます、家族を失った人や、今もって仮住まいの人、職を変わらざるを得なかった人もいるでしょう。そんな人には申し訳ないのですが、やっぱり日付は忘れてしまったのです。

僕の記憶力のせいかもしれないのですが、でも、人間の記憶なんてそんなものなのです。自分の身に降りかかった災害ならいざ知らず、他人の不幸の日付まで忘れずにいたら人生ものすごく憂鬱になってしまいそうですものね。

天災は忘れた頃にやってくる。

忘れてはいけないのはまさにこの一言に尽きるんだと思います。そのためにも日付に拘ることなく防災を心がけ、身近な人に呼びかける、その心掛けを忘れずにいようと思います。という訳で、へそ曲がりの僕は今年はやや日付をずらして防災のエントリーを書いてみたのです。

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2006年1月21日 (土)

ライブドアショックはマネックス証券のせい?

先週はライブドア騒動に明け暮れた一週間でしたが、何故そんなに株価全体が下がるのかがいまいちピンとこなかったのですよ。「想定の範囲外」でしたね(笑えないな、このネタじゃ)。そしたらこんな記事が。

FPN-ニュースコミュニティ- 許されざるマネックス証券より

ライブドア株に投資をしていた人たちの中にはライブドア株式を担保として証券会社からお金を借りていた人たちも結構いたのです。それが今回の強制捜査により、ライブドア株式の下落が予想されるので、ライブドア株式の担保価値が、元々は80%あったものが、ゼロになってしまったのです。
なるほど。担保価値がなくなったので借金を返すために急に現金が必要になって、ライブドア株を含めて手持ちの株を売りに走った、と。

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創業200年の旅館「仁成館」が豪雪のため存続危機

TKY200601150211ニートとか呼ばれている人たちを上手に誘導してあげて、こういった人たちを救うことは出来ないのでしょうか。

asahi.com: 豪雪の秋山郷、旅館「仁成館」 創業200年、存続危機より

 豪雪で孤立している長野県栄村の秋山郷にあり、「登山家の宿」として知られる創業200年以上の旅館「仁成館(じんせいかん)」(14室、定員60人)が存続の危機に立っている。豪雪で屋根などが壊れたためだ。
というか、かたや世の中のどこかに不景気で職を失って、働く気満々の人もいっぱいいるだろうに。そういう人たちの力で何とかならないものなんでしょうかね。

秋山郷の場所はここ

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2005年12月13日 (火)

孫さんの巨額貯金、横領される!

Asahi.com:孫の貯金を横領した疑い 福島地検が祖母らを起訴
あの孫正義が貯金を横領されたのかっ!!!

と思いきや。違うんですね。だいたい福島だもんな、福岡ならまだしも。

 福島地検は12日、後見している孫(14)の貯金など約1380万円を横領したとして祖母のホテル従業員花田花子(※仮名としました筆者)容疑者(71)=福島市=ら3人を業務上横領の罪で福島地裁に起訴した。地検は、母親の病死後、祖母を後見人に選んだ福島家裁の告発を受け、捜査していた。
違うには違ったんですが、孫14歳で1380万って、ある意味孫さんみたいな存在ではある。

お金持ちは大変だ・・・。

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2005年11月13日 (日)

まだ知らぬマネージメントの大家逝く

プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するかピーター・ドラッガー氏が亡くなったそうです。御歳95歳の老衰。大往生です。

マネージメント関連などで多くの業績を遺された方と認識していますが、「マネジメント」「パワー・シフト」といった代表著作はまだ読んでません。まだまだマネージメントなんて大それたことを任されていない青二才が故に、どこかで「俺にはまだ早いかな、荷が重いかな」という気持ちがあって、これまで敬遠してきました。

ただ、そろそろターニングポイントを迎えている僕の人生にあっては、今後、彼の著作にお世話になることも多かろうと思っていた矢先の訃報でした。

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