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2013年5月 5日 (日)

ニッポンは「足りすぎ」ちゃったのか

 今年の四月で社会人になって四半世紀が経ちました。

 僕が生まれたのは1965年という年です。戦後ちょうど20年に当たる年。前年に新幹線が開業し、東京オリンピックが開催されました。戦後から高度経済成長を経て、庶民であっても随分といろいろなモノを手に入れることができるようになった頃です。

 就職したのが1988年、23歳の時。バブル景気が華やかになってきた頃です。新しいモノやサービスが巷にあふれ、ソニーやホンダといった企業は既に世界に飛び出していました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉がベストセラー本のタイトルではなく、バブル景気の象徴として使われました。

 そして、今が48歳。入社して25年。そのほとんどの期間は、家庭や教育といった社会の結びつきも弱まり、果ては原発の安全神話まで崩れてゆく中で、日本経済が失速した「失われた20年」と重なっています。

 こうして、自分の人生と日本の戦後の歩みを重ねてみると、概ねこんな感じです。

・僕が…生まれるまでに
 日本は…焦土から復興を遂げ、高度経済成長を実現した

・僕が…生まれてから就職するまでに
 日本は…経済成長を続け、世界2位の経済大国になった

・僕が…就職してから今年までに
 日本は…バブル崩壊後、国際競争力を失っていった

 「今年までに」ってのがメリハリが効いてない感じですけど、「子供たちから手が離れる」ぐらいの感じになるのかなあ。

 僕が中学生ぐらいの頃(1977年~1980年)が一番バランスが良かったんですかね。先進国に「追いつき追い越せ」でやってきて、モノが足りない時代から、少しずつ手に入るようになった。一方で、ガッコのセンセーひとつ取っても(というか、当時は普段接する「世間のオトナ」と言えば先生ぐらい)、今よりは随分と人間味あふれる人たちが元気に活躍していたように思います。

 モノが「足りない」時代から、「足りすぎた」時代に向かうターニングポイントだったのかもしれませんね。みんなでラジオを聴いて楽しんでいた音楽を、持ち運んで個人で聴くようになった「ウォークマン」の登場(1979年7月1日発売開始)がその象徴かなあ。

 さて、次の20年はどんな20年になるのやら。

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