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2012年10月14日 (日)

映画「生き抜く」

 MBSテレビが東日本大震災について取材を続ける中で、映画化の話が持ちかけられ、膨大な量の取材テープを新たに編集し直して出来上がったドキュメンタリー映画「生き抜く」。
 全編を通じて一貫しているのは、BGMはほとんど入っておらず、ナレーションも皆無だということ。幾らテーマが軽んずべきでないからといって、ここまで頑なに演出を『加える』ことを控えた例はあまりないのではないでしょうか。

 それは、カメラが回った時の現場の状況を出来るだけフィルターを通さずに観客に見せたかったから、という意図的なテクニックではなくて、やや意地の悪い言い方をすれば、どんな演出をしたところで元の映像素材をじっくりと見た方が説得力があることに制作者が観念したからかもしれません。少なくとも僕にはそう思えました。
 それくらい元々の取材映像の持つパワーがすごいのです。たいへんな災害に見舞われた取材対象者の皆さんには申し訳ない単純な物言いになってしまうのですが、良い人なんだなあとか、娘さんや奥さんや旦那さんのことをそれぞれ深く愛してたんだなというのが、カメラとマイクだけで集めた素材から伝わってきます。

 例えば、娘が帰らぬ人となった一人はテレビを見ることが唯一の気晴らしと言い「かっはっは」と明るく笑ってはいるのですが、その声の奥に秘められた哀しさを、娘の職場前で献花する直前の刹那にその場の瓦礫に八つ当たりする様子を挿入することで伝えてくれます。
 これがドキュメンタリー制作のテクニックなのか、それともカメラの前の人たちが見せる表情の深さによるものか、映像制作の経験のない僕にはわかりません。ただ、とにかくこの作品は、そうして淡々と映像を丁寧に繋ぎながら、無駄なものを排したことで登場人物との距離をぐっと縮めてくれたような気がしました。観て良かったです。

 もう一つ。

 ムダな絵、といえば少し誤解があるかもしれませんが、焦点を当てたいく人かの人たちを映像に収める際に、敢えて(と僕には思えましたが)周辺の人物像や、風景も映像の余白として写しこんでいます。
 なかなか仮設住宅の抽選に当たらず焦る人を追うストーリーでは抽選に当たって住むところが決まって喜々とする隣人の様子を一つの画面内に収めてましたし、前述の献花の場面では他の住民が淡々と悲劇を受け入れようとつぶやく様子が同時に収まっていました。
 こうして、現場そのものを鷲掴みにするようにして、オイシイトコロだけを切り取らずに写し取ってきたカメラマンもさることながら、その映像に下手に手を加えることなく使い切った編集マン、監督も素晴らしかったです。

 まあ、自分の会社の作品なのであんまり力入れて言うと嘘っぽくなるのでこれぐらいにしておきます。

 大阪では十三・第七芸術劇場で、10/26まで。
http://www.mbs.jp/ikinuku-movie/

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