映画『あぜ道のダンディ』
観てから3週間ほど経ちますが、今もってじわじわと効いてくる感じです。
主人公は浪人生の息子と高校三年生の娘という二人の受験生を抱える中年男性(光石研)。妻に先立たれ、配送会社に黙々と勤めながら、男手ひとつで子どもたちを育て上げたものの、子どもたちにはどこか馬鹿にされ、ときおり同級生(田口トモロヲ)と一緒に飲むのが唯一のストレス発散方法というなんとも情けないオヤジ。そんな男がこの映画『あぜ道のダンディ』の主人公です。
ああ、これはオレだな――。
映画を観ながら、ほとんど、直感的にそう思ったんです。
もちろん、細かな点で『オレ』じゃないところはいくらだってあります。うちの子供たちはまだ受験生というには僅かに時間があるし、うちの奥さんは死んでないし、第一あんなに可愛くなんて…(以下、プライバシー保護のため省略)。事実として僕と違う点はいくらでもあるのに、相通じるものがこの映画の中には強く流れています。
どういう言葉を掛けたら子どもたちに自分の気持ちをうまく伝えることが出来るのか。子どもに自分の価値観を伝えることは、躾なのか、教育なのか、それともエゴなのか。『父親』の権威なんて吹き飛んでしまった現代ニッポンで、エラそうにこうしろ、ああしろと言うだけじゃ伝わらない。それでも、伝えなきゃならないことはある。
一方で、いくらエラそうに言ったって、自分は仕事がバリバリ出来るわけでもないし、そんなに上等な青春時代を送った覚えもないし、少しは世の中のことが見えてきた子どもたちからすればダメなオトナに写っても仕方ないんじゃないのか(実際、親の世代のことをそんな風に見た覚えだってあるし)。
そういうジレンマが、淡々と詰め込まれた映画です。
だから、世にいる数多のオヤジ(ここでは『中高年男性』という意味ではなくって、思春期の子どもを持つ『父親』という意味でのオヤジ)が、この映画を観たら、ほんとに「こりゃあ、俺のこと描いてるんじゃないか」って思うような気がしたんですよね。
一方で、子どもを持たなかったり、結婚していない、僕と同年代の男性諸氏はどう思うんだろう。妻も子どももなく老父を看取った田口トモロヲの役柄に感情移入をしたりするのでしょうか。
それでも、映画の最後には「この父ちゃん格好いいじゃん」と思うんですよね。人生の矛盾を背中いっぱいに抱えてもなお、僅かに小さく強くダンディを貫いて生きている父親たちの気持ちに、子どもたちがそれぞれのやり方で答えてくれるから。その様子がとても嬉しかったです。ええ、感動したとかじゃなくって、嬉しかったです。もう、最後は完全にオヤジ目線で観てましたからね。
あんなダンディな生き方って、できるのかなあ?オレに――。
最後に残るのは、そういう疑問です。あれほど、相通じるものを感じたダメダメ主人公なのにね。
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