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2011年3月13日 (日)

拡散を止めちゃってます

 東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた方にお見舞い申し上げ、亡くなられた方に哀悼の意を表します。

 地震以来、僕のツイッターのタイムラインには、いろんな『拡散希望』という言葉が添えられた色々なツイートが流れてきます。中には、原発事故について解説された記事のURLなどの有益な情報もあるのですが、その多くが「知人の××さんが行方不明です。情報を求めています」といった類のものです。そして、それが日を増すごとに多くなってきているような気がします。

 地震で行方不明の知人がいれば心配なのは理解できます。それを「心配なんです」とつぶやかずにはいられない気持ちも理解できます。ただ、それを闇雲に転送するのは止めておいたほうがいいのではないでしょうか。

 ツイッター上で安否情報を確認する行為は、いわゆるチェーン・メールと同じです。「某さんの娘さんが重病で、手術に必要な血液型を探している」といった類のチェーンメールと同じです。「なぜ、それがいけないの?」「人助けでしょ」。いいえ、違います。どんどん膨れ上がった転送メールは、たとえ某さんの手術が終わっても、幽霊のように世の中を流れ続けるのです。だから、たとえ善意からの行為であっても、手段の選択が間違っているんです。

 ましてや140文字の制限のあるツイッターは、メールと違って連絡先や有効期限などがきちんと記述されていることがほとんどありません。中にはオリジナルの発言者アカウントすらなくなっているものもあります。「誰を探しているのか」は判っても「誰が、いつまで、どこを探しているのか」が判らなければ、誰に転送すべきか、いつまで探すべきか判断のしようがありませんから、どうしても人探しに協力してあげたいとなれば、自分のフォロワー全員に転送することになるのです。そして、「俺もイイことをしたぞ」といった小さな正義感だけを残して、肝心の人探し作業を自分のフォロワーに押し付けたまま、流れ出たツイートは探している人が見つかっても転送が止まることがないのです。

 そして結局のところ、地震の被災者であれば、被災エリアの中で無事避難しているか、残念ながら犠牲になられたか、のいずれかしか答えはありませんから、エリアの外でいくら転送しあったところで、エリアの中に向かって有効な捜索の手が伸びていく可能性は少ないのではないかと思います。

 そんなことで、僕は地震以来『拡散希望』という安否確認ツイートをほとんど無視しています。何だか冷たいような気もするけれども、僕に出来ることは『拡散』を止めることではないかな、と考えています。

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