休日の過ごし方
何をいまさらと言われるかもしれないのですが、僕の生活には「休日の過ごし方」の充実が足りないのではないか、と気になり始めました。
今年の6月末に宣伝部に異動になってから、それまでと違ういろいろな人たちと話すことが増えていろいろと気づくことがあったのですが、そのひとつが「同年代のおっちゃんたちは意外と忙しい休日を過ごしてるんやな」ということでした。
あっちへ買い物に行ったり、こっちで美味しいものを食べたり、そうかと思えばちゃんと服装に気を遣い、はたまた『男の料理』にチャレンジしたり、とにかく、アグレッシブに活動してはるんです。休みの日にも。
その昔、我が家の親父は、休みの日といえば家でごろごろと、文字通り『休んで』いたものですから、それを見て育った僕も、当然のようにそんな休日の過ごし方を繰り返すだけの大人になってしまいました。休みの日というのはとにかく休養するものなんや、という考えが、僕の「休日の過ごし方」を、ものすごくネガティブな時間の使い方で費やしてしまう結果になってたんやないかなと思います。ところが、あにはからんや、世の中の人は皆が皆そうではなかったんですね。
45歳になって、「このまま歳食っていったら一体どんな老後になるんやろ」なんてことをおぼろげながら考えるようになって、「何か趣味を持たなあかんな」と思い、自転車を始めたり、芝生の手入れをしたりといったことは、するにはしているのです。
でも、少し物足りない。
休日になると仕事を忘れてそれに打ち込む、といったところまでは、精を出してないんじゃないかなあ。あるいは「それさえやっとったら、もう死ぬまで幸せですねん」といった幸せな境地。そういうところまで言ってはじめて趣味といえるんじゃないかなあ。まあ、自転車については比較的それに近いところもあるんですけどね。
もうちょっと趣味の範囲を広げてみようかなあ、とか思いました。今までやってきたこととか、前からやってみたいと思ってたことでも、もちろんエエんでしょうけれど。何かひとつぐらいは「まさか、そんなことやるようになるとは思ってなかった」みたいなことにも挑戦してみたいなあ。
大事なことは趣味の完成度、レベルの高さやないというところやと思うんです。たとえば、「あそこのおっちゃんの盆栽は大したことないけど、それはそれはもう一生懸命、毎週毎週飽きもせずにいじくってはるなあ」というようなこと。一心不乱になって、日常の嫌なことを忘れるぐらい集中できるような別世界。あるいは、趣味の世界を通じて新しい日常が生まれてくるぐらいのハマり方。そういうのが望むところかなあ。
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コメント
お久しぶりです^^
なるほど...
私も子供たちが巣立った後、どうしようかと
考える時期になりました^^;
私にとっては、英語がそうかもしれないですね。
勉強していて飽きないし、やればやるほど
新しい世界が広がっていきますから。
コイッチさんも、色々なことtryしてみるといいですよ。
ダメだと思ったら、次にいけばいいんじゃないかなと。
投稿: Kanko | 2010年11月30日 (火) 00:22
日本の外から見てると、日本の人は
おけいこなり、ファッションなり、
情報が多すぎて、
「なにかしないと」的強迫観念に
いつも迫られてる気がします。
のんびりしてても、打ち込んでても
なにしてたってその瞬間を
楽しんでるひとは、すてきやと思います。
投稿: 愛 | 2010年11月30日 (火) 11:43
>Kankoさん
お久しぶりです。お元気ですか?
新しいことにチャレンジしたいという気持ちももちろんあるのですが、一心不乱になれるようなものを見つけたいなあという気持ちが強いですねえ。ひょっとするとそれは昔からやり続けていることかもしれませんし、これまで全くやったことがないことかもしれませんけど。
まあ、ぼちぼちと頑張りますわ。
投稿: コイッチ | 2010年12月 3日 (金) 00:30
>愛さん
お久しぶりです。そちらの気候はどうですか?
強迫観念みたいなものを感じてしまうという気持ちは判ります。でも、今回のはちょっと違うんですよ。洪水のように押し流されて何かをするんじゃなくって、「これをやってる時が一番おもろいわ」と思える瞬間に対する心の渇きのようなものですねえ。
爺になっても心までカサカサになってはいかんと思うのです。
投稿: コイッチ | 2010年12月 3日 (金) 00:33