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2010年2月13日 (土)

大相撲も、オリンピックも

毎日.jp:五輪スノーボード:国母選手開会式出席させず 競技は参加  バンクーバー五輪のスノーボード・男子ハーフパイプ日本代表、国母和宏選手(東海大)の公式服装の着方が乱れていたと批判されている問題で、日本選手団の橋本聖子団長は12日(日本時間13日)、同夜開催される開会式への国母選手の出席を取りやめさせると発表した。17日に予定されている競技には、橋本団長の判断で参加できることになった。国母選手は会見に同席し、「責任を重く感じています」と謝罪した。

 国母選手の公式服装が乱れて問題となったときに「やっぱりあの問題は、あの人だけの問題ではなく、この国の問題だったんだなあ」と思ったんですよね。『あの人』とは、元横綱・朝青龍のことで、『あの問題』っていうのは、例の暴行事件のことではなくって、「横綱の品格があるや否や」の問題です。

 もちろん、朝青龍個人に問題があったことは否めない事実だと思います。実力が抜きん出て立派だっただけに、相撲好きとしては、たいへん残念ですけれど。

 ところがどうも腑に落ちなかったんですね。

 それだけなのか、と。

 責められるべきは、朝青龍だけなのか、と。

 横綱というのは、なろうと思ってなれる訳ではないのですが、一方で、「やっぱり、僕には無理そうなので、やめておきます」という立場でもない。協会全体で興行してるわけだから、実力ナンバーワンであれば、周囲が(観客も協会も)当然その地位に就くことを期待します。そういう構図の中で、大相撲という競技であり神事である『国技』が運営されてきたんです。朝青龍が登場する遥か以前から。

 となると、やっぱり「実力をつけるに従って、品格も身につくようなシステム」を、きちんと整備しておく必要があります。けれど、そんなシステムはどこにもない。ないままやってきたんです、大相撲協会は。なぜか。そのシステムは『世の中』にちゃんとあったから。横綱に祭り上げる世論を作るのも世の中なら、お行儀が悪い力士に「おいおい、そんなことでは困るんだよ」というようなメッセージを送ることができるのも世の中のほうだった(例えば、タニマチとの酒席などで)。

 でも、2010年のニッポンからは、もはやそういうスタンダードが消えつつある。

 それ無くなっちゃうとヤバいじゃん。きちんと礼儀正しい方がいいじゃん。品格あったほうがいいよ。とは、皆、判ってるんです。オフィシャルな場所で行儀の悪い他人を見ると「何だよ、アイツ」って誰だって多少なりとも思うんですから(思わないのかな)。

 でも、実際、その規範を教える『世の中』がない。

 じゃあ、その『世の中』ってナニ?誰?

 僕です(そして、あなたです)。

 僕は自分の子供たちに「ズボン(!)はだらしなく履くもんじゃない」と注意できるだろうか。「シャツの裾は出すもんじゃない」って叱れるだろうか。「イマ風で格好いいネ」って褒めたり、40代ながら自分もシャツの裾を出したりする一方で、「でも、オフィシャルな場では、きちっとした服装の着方ってものがあるんだぞ。それも覚えておけよ」と言い添えることができてるだろうか。余り自信がないのです(あなたはどうでしょう)。

 で、冒頭の国母選手の話。

 国母選手のご両親って、僕と同世代かもしれないだよなあ。

 彼のことを「バカヤロー!」と罵りたくもなるのですが、彼らの世代に社会規範を教える(というか伝える)のは自分たちの世代なのかもと思うと、何だかすごく反省させられもした今回の騒動でした。

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