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2009年10月25日 (日)

ぼやく賢者

 ぼやく、という言葉を初めて知ったのは、小学校三年生の秋。

 三十余年も前のことなので、『初めて』というのはあるいは正確ではないかもしれない。ただ、この年の秋(1973年)に『ぼやく』という行為を具体的にイメージできていたことは間違いない。とあるプロ野球選手の名前と切っても切り離せない言葉として紐づけていたはっきりとした記憶がある。

 野村克也。

 ON全盛の時代が終わろうとする秋、V9巨人の敵役として日本シリーズに登場した南海ホークスの正捕手にして監督、そして四番打者。当時の人気アニメ『侍ジャイアンツ』は、事実に沿ったストーリー展開だったから、そこには当然ONの敵役としてノムさんが登場した。

 で、劇中でも「ぼやく」のだ。長島も、王も、アニメの主人公・番場蛮に対しても、もうとにかくひたすらぼやき続ける(という設定だったと思う)。以後、僕の中でのノムさんのイメージとは、とにかく「ぼやく人」となった(年少期のアニメから受ける影響は少なからぬものがあると思う)。まあ、パブリック・イメージだってそうだし、実際、相当にぼやく人であることは事実らしい。


 そして、昨日、その野村克也監督の率いる楽天イーグルスがクライマックス・シリーズで敗退した。

 楽天の快進撃は、やっぱり野村監督の力が大きくものを言ったと思う。にもかかわらず、楽天フロントが今シーズン限りで監督を交代させるというのは、どうか。しかもプレイオフ直前にご丁寧に本人に通告したというのだから、たとえそれが理由のある決断だったにせよ、タイミングとしても礼儀としても最悪のものだったように感じる。

 けれど、野村監督の球団に対する恨みつらみのぼやきは、必要最低限のものだった。およそ、自分のチームの選手を叱咤激励し、相手チームを迷わせ、怒らせ、落ち着きを奪った天下一品のぼやきは聞かれずじまいだった。

 チームはまだ日本一を目指している。その状況を踏まえ、ぼやきたい気持ちを名将はぐっと押さえたに違いない。御年74歳。人生の酸いも甘いもかぎ分けているとはいえ、クビを切られるとわかっていての陣頭指揮である。心中揺れざるわけがない。元来、ぼやくのが大好きで、大得意なのである。けれど、ノムさんは勝利を目指して黙ったのである。首領としてチームを率いるからには、けっしてぼやいてはいけないこともあることを、身をもって示したのである。

 云うべきときを知る者は、また黙すべきときを知る。

 古代ギリシャの数学者・アルキメデスのこの言葉は、なんと野村監督によく似合うことだろう。野村監督は球界の賢者である。スポーツの世界には、王者や戦士、勇士とか華々しい表現が良く似合う。けれど、ブレイン・ワークの妙が勝敗を決めるのも、また勝負の世界の一面。ならば、監督には敬意を込めて賢者という言葉を贈りたい。

 野村克也監督、ひとまずはご苦労様でした。


 ところで、チーム設立後、初めてのプレーオフ進出に沸くタイミングで、監督の解任を発表した楽天フロントには、この古代の賢者の言葉はどう響くのだろう。「とんだ悪役になっちまったなあ」などとぼやいているようでは、先が思いやられるのだが。

(若い人のために注釈:ON(オーエヌ)とは、1965-1973年にわたり9連覇を成し遂げた読売ジャイアンツの不動の主軸打者、王貞治、長嶋茂雄のこと。チームの主力選手二人の頭文字を取って並び称するのはこれが走り)

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