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2009年1月25日 (日)

アレサの歌声を聴きながら

 アレサ・フランクリンの歌声は、心なしか震えているように聴こえた。

 寒さのせいもあったろうけれど、自身の歌声で初の黒人大統領の誕生を祝えることに対する少なからぬ興奮と喜びが、彼女の声だけでなく、心も、魂も震えさせたのではないか。2009年1月21日。オバマ新大統領の就任式典で、レディ・ソウルことアレサ・フランクリンが登場して、『アメリカ("My Country, 'Tis of Thee")』を祝唱するのを見ながら、僕はそんな風に感じた。


 その後の新大統領就任演説の中にはこんな一節があった。

「わずか60年前には(人種差別から)地方のレストランで料理を出してもらえなかったかもしれない人間の息子が、今やこうして皆さんの前で大統領就任の宣誓をしようとしている…。」
(... And why a man whose father less than 60 years ago might not have been served at a local restaurant can now stand before you to take a most sacred oath.)

 60年前といえば、当時、アレサは6歳の少女。人種差別にまつわる数々のネガティブなエピソードを、彼女は『地方のレストラン』で実際に幾度となく目にしたことだろう。そのアレサは、アメリカ史上初めての黒人大統領誕生の瞬間に立会い、この一節を聞いたときに何を感じ、何を思ったのだろう。

 彼女が子供の頃から類まれな歌唱を誇っていたとは何度も読み、耳にした。けれど、肌の色からして当然彼女の身にも降りかかっていたであろう辛い出来事については、思い描くことは正直あまりなかった。マーティン・ルーサー・キング牧師たちの運動以降に育ったアーティストたちとは違う経験をしてきたんだよなあ、ということを強く意識したのは、恥ずかしながら今回の就任式が初めてだったのだ。

 ジームズ・ブラウン(1933-2006)もウィルソン・ピケット(1941-2006)も、僕の大好きなミュージシャンたちは、思えば皆そんな時代を生きてきたのだ。「俺は黒人だし、それを誇りに思っている、でっかい声でそう言ってやりな!」(Say It Loud: I'm Black And I'm Proud)そんな風に、怒りとプライドを込めてJBが歌ったのはキング牧師が凶弾に倒れた年のことだ。その意気や尊し、その歌声や強し、ではある。でも、それはまだ社会的には『強がり』と受け止められたのではなかったか。舞台の外からの強烈な野次ぐらいにしか受け止められていなかったのではなかったか。

 そして世紀は変わり、初めてアフリカ系の大統領が誕生した。

 アメリカという国だけでなく世界の政治にとっても大きな舞台となるその中央にバラク・オバマは登場した。彼の演説は単なる『強がり』ではなく、いや、むしろ過大な期待に対して「私の力だけでは、アメリカの力だけでは、世界は良くならないだよ」と訴える抑制の効いたものだった。声高に自分の肌の色を誇ることが彼の仕事ではないのだ。なにせ、彼の判断や行動ひとつひとつに、極東の小さな島国で暮らす僕の命運でさえも、ちょっとは左右されるのだから。

 でも、その一方で。

 苦しい時代を生き抜いてきて、ようやくこの日を迎えたチョコレート色の肌を持つ人たちにとっては「私は大統領と同じ肌の色を持っている。それはとても誇らしいことだ」と叫びたくなった瞬間だったのではないか。その興奮、その嬉しさが、あの日のアレサの震えだったのだ、と思うと何ともいえず感激してしまう。当の大統領の演説よりも、感慨深げに朗々と歌い上げるアレサの姿を、僕は死ぬまで忘れないんじゃないかとさえ思う。

 あなたがいれば、私は自分を一人の女性として、自然な存在として、感じることが出来るのよ。
(ナチュラル・ウーマン)

 かつて彼女はそう歌い上げた。自分の個性を声高に『誇る』ことよりも、自然な存在として『感じる』ことのほうがどれだけ平和で穏やかな気持ちだろうか。新しい大統領は黒人です。そんなニュースを何の違和感もなく一つの個性の描写として感じることができる日が来ることを願う(だけでなく、何か自分に出来ることはないか考えよう)。

 あの日、アレサの歌声を聴きながら、そう思った。

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コメント

アレサは、黒人で、しかも女性ですもんね…黒人女性の婚姻率は50%を切っているそうで、幸せな家庭生活を送れるというロールモデルすら実はないのだ、とNewsweekに書いてありました。だからこそあの大統領家族は黒人たちに熱烈に支持されるんだそうです。

黒人ミュージシャンは過去、いくら有名でもどんな人気者でも、ツアーしていてホテルに宿泊させてもらえない時代があったそうです。ひょっとしたらアレサとかレイ・チャールズなんてそうだったのではないでしょうか。

投稿: シーラカンス | 2009年1月26日 (月) 19:40

>シーラカンスさん

オーティス・レディングやウィルソン・ピケットなどは、アメリカ国内ではまともなホテルに宿泊させてもらえないのに、ヨーロッパではきちんと泊めてくれた(少なくとも宿泊拒否はされなかった)ので嬉しく楽しくツアーに回っていたらしい、と聞いたことがあります。

ことはスポーツの世界でも同じようですしね。

まだまだ、残っている「残念なアメリカ」の一面です。

投稿: コイッチ | 2009年2月13日 (金) 23:38

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