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2006年10月21日 (土)

テレビのない世界

だいたい、いい音楽をもしもテレビで見られなければ、 youtubeでもDVDでもなんでも手に取れるわけですな。
なんてご意見をシーラカンス日記さんのエントリーで読みました。この引用だけだとちょっと不十分なのでお時間があれば全部読んであげてください。かいつまんで言えば、情報化が進んでその気になれば僻地でもそこそこの情報が手に入るようになった、という流れから「テレビ無用なんじゃないの」と心配されてます。

そうだよなあ。

と、ナチュラルに頷きかけたのですが、いや、どうなんだろうか。

いい音楽をもしもテレビで見られなければ、・・・
音楽に興味を持つ人は今よりは少なくなります。
ほんのちょっとだけ少なくなるのでしょうか。
僕はかなり、いや、ものすごく少なくなると思います。

例えが音楽じゃなくってもいいのですが、
例えば「巨人戦の野球中継がテレビで見られなくなれば」としましょうか。

youtubeでもDVDでもなんでも手に取れるわけですな。

となりますでしょうか?

そりゃあ、根っからの巨人ファンは手に入れることはできるでしょう(違法性を問われなければ、ね^^;)。それは、好きだからです。もう、すでに好きになっちゃってる人はそういう努力を惜しまないでしょうからね。

でも、まだ野球を見たことがない人はジャイアンツを、あるいは野球を好きになるでしょうか。

まだ、何か好きなものを見つけていない人は、何をきっかけに、何を好きになればいいんでしょう。

きっかけはフジテレビ。

というコピーは秀逸だと思うのです。何かを好きになるときのきっかけの全てがテレビだとは言わないけれども、それでもなお、テレビがなくなったんじゃ世界はいろいろな「きっかけ」を失ってしまうと思うのです。そんな中でコミュニケーションの手段だけが与えられてもつまんないんじゃないかなあ。

そんな風に考えるのは僕が放送局に勤務してるゆえの単なる身びいきなんでしょうかね。

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コメント

いやーどうもすみません、なかなかお返事できる状況にならなくて。

「テレビがきっかけになる」というのは、今もそのとおりだと思います。「空気みたいに、そこにあるもの」「生活の一部」が、何かを知ったり好きになったりするきっかけになるというか。一種の生活環境的なものというか。
で、そこからスキになって手を伸ばす先は、今は非常に豊富になっています。今後、最初のスタートラインというか「環境的なもの」が別のものに置き換わっていくことも考えられると思うと、そこはちょっとゾッとします。

投稿: シーラカンス | 2006年10月21日 (土) 16:31

Jリーグなどがそうなのですが「裾野を広げると繁盛する」というリクツがあります。

サッカーで言えば、「サッカーへの入り口、きっかけ」である少年サッカーを普及させれば競技人口が増え、日本のサッカーのレベルはおのずと上がる、という考えかたです。

映像サービスで言えば「きっかけ」であるテレビの利用が進んだからこそ、DVDや映画、音楽、ゲームなどの映像産業は繁盛してる・・・という感じでしょうか。

この論はあながち外れてないような気がするのです。

投稿: コイッチ | 2006年10月26日 (木) 01:58

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