お母さんは肩身が狭い!?
先日、母の日に書いた「昔のお母さんは家事が大変だった。それに比べると楽になったはずの今のお母さんのほうが何故子供を産みたがらないのか判らない(かなり省略)」といったエントリーに対して、素早いコメントをいただきました。コメントをいただいたシーラカンスさん、Kankoさん、ありがとうございました。お二人ともいつも「びっとらんだむ」をよく読んでいただいている上得意様なのですが、そのお二人からまるで示し合わせたかのような息のあった反論を受けてたじたじです。
今の世の中、お母さんになると仕事や生活の中で疎外感を受ける。それは孤独な戦いで辛い。だから子供を生むのを躊躇するんだ。
そういった反論です。
我が家の奥さんのいろいろな風景やセリフが思い浮かぶほど、実感のこもったウソのないリアルな反論だと思います。
でも、まだ何か腑に落ちないんですよ。
「昔の女性は今と違って子供を産んでも疎外感がなかったのか?」そこがどうも判んないんですよね。
出生率が下がって少子化が進んでます。女性が赤ちゃんを産む回数が少なくなってるんです。これは事実です。
一方でコメントを頂いたように、今の世の中では赤ちゃんを産むといろいろと疎外感を感じる要素がある。これも反論が出来ない事実のようです。
じゃあ、昔はどうだったのでしょう。昔の女性も、今と同じように赤ん坊を産むと何がしかの疎外感を受けていたのでしょうか。たぶん、受けてなかったんですよね。
そうすると次のような一つの仮説が立てれるのかもしれません。
昔に比べて、赤ん坊を産んだ時にお母さんが感じる「肩身の狭い感じ」が増大してるので、今の人たちは子供を作ろうとしない。
女性の心理的な側面からの説明としてはとても説得力があるような気がします。「家事も育児も楽になりましたやろ?」「そら楽にはなりましたけど、気持ちの上では逆に張り合いなくなりましたで。どっちか言うたら凹むことばっかりですもん」。そんな感じなのでしょうか(うう、またコメントの嵐になるのか)。
前回のコメントにも書いたように「少子化は複合的な理由から起こっている事象」(リクルートワークス研・大久保幸夫さん)ですから、女性の感じる疎外感が少子化の原因の全てではないのでしょうが、重要なファクターだというのは判ってきました。
じゃあ、それをどう解決するのかってのがまた大変なんですけどね。
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コメント
一つは「結婚しないと産めない社会」であるか否か、というのも大きいと思います。日本の場合「婚外子」が1パーセント程度の非常な低率で、フランスの場合半分ぐらいが「婚外子」だということを考えると、「結婚してない女性が子どもを産むこと」への社会的なコンセンサスの低さがまず挙げられると思います。その部分への男性、保守派政治家の抵抗感というのが異様に強い。制度的に古くなり、現実と乖離し始めているはずの「民法」も、なかなか動かない。
しかも、母子家庭の母親は、定職にもつきにくく正社員の立場を得にくい。もともと男性の経済的な庇護のもとでないと産みにくい経済社会であるワリに、男性の経済的な安定感がなくなっていて、結婚そのものが成立しにくくなっている。こういう社会制度、社会状況を維持したまま、単なる「現象」にすぎない少子化をなくそうったって、産む決断をする勇気ある女性は減る一方だと思います。社会制度のほうを、男性の仕事のしかたも含め踏み込んで変えていく必要があるのに、男性たちは基本的に頭を穴に突っ込んでいるダチョウのように現実を見ようとしていないと思います。そのうちに、手遅れになるかも…。いや、もう既にそうなのかしら?
投稿: シーラカンス | 2006年5月23日 (火) 08:19
>「結婚しないと産めない社会」であるか否か
これはまた予想外のところからの別要素ですね。
フランスの場合は宗教観とかとも絡んでるんですよね(たぶん)。カソリック教徒は離婚できないけれど浮気には寛容、その浮気で出来た子供にも寛容なので「婚外子」が認められやすい背景がある・・・のではないですか。日本は慣習というか世間体なんですよね、どちらかというと。
でも、この「婚外子不容認説」について反論をすれば、昔に比べたら「出来ちゃった婚」も「婚外子」も理解自体は進んでるはずですよね。子供がいっぱいいた昔の日本のほうが「出来ちゃった婚」や「婚外子」は社会的に批判されていたように思います。となると「少子化」の原因はそこにはないと思うのです。
子供を増やすために「婚外子」に寛容たれという議論はわかります。ですから少子化対策として「婚外子」に寛容になる社会を目指すというのも方向性としては間違っていないと思います。でも「少子化」に至った原因ではないのです。
繰り返しになるのですが「少子化」っていうのは昔の日本と比べて子供が少なくなってるんですよね。その理由が知りたいんです。昔と比べて「何がどうなったから」子供が少なくなったんだろうか。(多分幾つもあるんでしょうけど)その理由を一つ一つあげていってそれぞれに少しづつ対策を打っていくしかないと思うんですけど、理由があんまりはっきりしてないようなので対策が有効かどうかイマイチ判んないじゃんと思って書いてる次第です。
>男性の経済的な庇護のもとでないと産みにくい経済社会であるワリに、男性の経済的な安定感がなくなっていて、結婚そのものが成立しにくくなっている。
ああ、この辺、怪しいですね。
少子化の匂いがプンプンします。
次回はこの辺を突っ込んで書いてみましょうかね(まだ続くのか?)。
「少子化」をブログで取り上げ始めてから、我が家でも夫婦間で「少子化」議論が盛りあがりを見せてたりして、共通の話題が少ない夫婦には朗報なのですが(汗)、先日、うだうだと話していて至った結論の一つが「30過ぎて結婚したら、一人産んだら体力的にも精神的にもしんどくてイヤになる」といったものでした。
未婚、晩婚(そして離婚)が増えているのは、こりゃあどう考えても少子化に繋がりますんもんね。
投稿: コイッチ | 2006年5月24日 (水) 01:29