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2006年4月23日 (日)

42歳と41歳が憂う彼の国

Sands土曜の午後、息子と娘を連れて母校の高校の裏にある公園で遊んだ後、正門前にまでまわって駄菓子屋(本業は米穀店)さんへ。この駄菓子屋の風景だけが20数年たった今も全然変わってない。すごく安心するけど、すごく不思議。

ふと正門横を見ると野球部の練習試合の対戦相手が2校ほど書いてある。一つは甲子園の常連校でもある北陸の高校で、もう一つは隣の市にある高校。そこの野球部の監督が僕の高校の時の同級生U氏。たまに寄った高校で、同級生に会えるのも何かの縁だと思って校内へ子供たちとともに入っていってしばし野球観戦。我が家は高校までは徒歩5分ぐらいなので、散歩代わりに高校の構内に入って池の亀を見ていたり、校舎に登って六甲の山並みを眺めたり、桜を愛でたりなんてことはしょっちゅうしてるのですが、さすがに同級生に会えるのは珍しい。


U氏が試合後の訓話をし終えるのを待って、しばし、歓談。顔を合わせて話すのはいったいいつ以来なんだろう
。大学時代には映画を一緒に撮ったり、ニューヨークまで友人を訪ねて遊びにいったり、かなり影響を与えてもらった大切な友人なんですけども仕事では全く接点がない(教師と放送局社員じゃ・・・ね)ので、最近は年賀状での挨拶は毎年欠かさないものの、顔と顔を合わせて話すのはほんとに久しぶり。

子供を連れていたせいもあったのか自然と「いまの子供たちは・・」みたいな話になりました。「叱るのも難しいが褒めるタイミングが難しい」とか、自分でも何か年長者っぽいトークしてるなあとは思いつつも、U氏のことが「指導者として立派にやってんねんなあ」と頼もしく見えたり。

そんな中、二人とも表情が曇ったのは「アメリカっていったいどうしちゃったんだろうなあ」って話題になった時のことです。

僕らの青春時代にはベトナム戦争はもう終わってはいたものの、まだまだアメリカは憧れの地でした。スポーツの世界でもエンターテイメントの世界でも。それはどんな姑息な手段を使ってでも「一番」であり続けるというよりは、むしろ貫禄と品格で「一流」な感じがしたものです。

9・11以降、馬脚を現した彼の国の体たらく。泥沼化するイラク情勢、ハリケーン・カトリーヌに対する対応の遅さ、マズさ、不法滞在者への締め付けの強化、挙句の果てにWBCでの疑惑の審判(ビル・デビッドソン氏は"めでたく"大リーグの審判に復帰したということです)・・・。それもすべてあのブッシュ初当選の時の選挙のごたごた(覚えてますか?)から始まったことなんですよね。

彼の国に憧れつつ一緒に行った親友と、現状を憂いつつ表情を曇らせながら「今の子供たちには憧れる対象なんかないんやなあ」と話すのはちょっと寂しかったです。何かに憧れるってだけで元気が出てくるし、忍耐だって出来るし、人に熱く語れるし。自分もああなりたいとか、そこへ行きたいとか、ああいう人を応援したいとか。そういう存在ってここ20年で急になくなっちゃたかもしれんなあ。

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