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2005年5月 9日 (月)

明日への終わりと明日の終わり

050508_220824前回、エントリーを書いてから、ほぼ一月経ってしまいました。皆様ご無沙汰しております。お元気ですか。僕は風邪引いてしんどいです。

昨日、駅前のにあるなじみのお店が閉店しました。26年前、駅前にビルが建ってからずっと営業してきたピザ屋「ピザパティオ塚口店」です。お店が出来てからの数年間は、僕も大変良くお世話になったものでした。

この26年という間に、世の中では実にいろいろなことが起こりましたが、その「いろいろなこと」の中で、最近、経験したもっとも大きな出来事・・・それが、僕がブログ更新をサボっていた時期に起こったJR福知山線の事故であり、その犠牲になった先輩の死、でした。

そのことについて何か書かなくては何のためのブログなんだろう。そう思うことは何度もありました。ただ、いつものように軽々しく書いてはいけないと思うと、筆は一つも進まなくなってしまうのでした。

昨日の最後の営業日、この店の元アルバイトでもある知人がライブを行うので、見物がてら最後の美味しいピザを食べに行きました。その時、ライブを聴きながら、ふとこのお店のある場所からほんの数キロ先で起きたJRの事故のことが頭をよぎって、26年の幕を閉じるお店の終わりと、事故で突然やってきた何人もの方の人生の終わり。この二つの違いが意味するものを考えました。

明日があるのか、ないのか。

それが二つの「終わり」の違い、なんだと思うのです。

お店は閉まってしまいました。しかし、かつてそこで働き、食べ、語った若者たちはそれぞれ仕事や家庭を持ち、成長しました。お店は閉まってしまっても、そこでの楽しかった思い出はまだまだ明日を生きる希望、励みになりえるのです。

突然、奪われた命にも思い出は多くあるでしょう。ただ、愛する人を奪われた喪失感を補って余りある思い出が美しく遺されるのかというと、それは否。次の日も、また次の日も。当たり前にあったはずの「明日」を奪う、実にむごい事故でした。

ビルの6階からは六甲に沈む夕陽が実に間近に見えるのです。そして、ピザを食い、ビールを飲み、友と語る。しかも安い。映画サークルの打合せに良く使ったこのお店は、若い僕らにはなんと贅沢な空間だったことでしょう。かつての常連客が、この20余年で新しく得た家族を連れて、昨日、久しぶりに店に入り、最後にもう一度あの味を楽しめたのは、残念でもあり、誇らしくもある、ハッピーな時間でした。

一方、僕らがあの店から足を遠ざけていたこの20年足らずの間に、この世に生まれ、明日を夢見て育ち、「その日」も家を発ち、そのまま帰らぬ人になった命のなんと多いことか。それを思うと、まさに絶句してしまうのです。その若者の分まで、この店のためにも、思いっきり人生を楽しんでやろうじゃないか、と。

六甲に沈んだ夕陽は、今日も昇ってきました。

太陽ほど、不滅のものが僕らの人生にもあればいいのですが、それは叶わぬことだと思い知り、また、それが故に、楽しく、逞しく、へこたれることなく生きようと思った週末でした。

事故でお亡くなりになった方、大変なお怪我をされた方、全てにお悔やみ、お見舞いを申し上げます。

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コメント

なかなか会えない人もいますが…
会おうと思っても絶対会えない…
これはやっぱり悲しい&淋しい。
大きな事故はもう嫌だなぁ。
もう起こりませんように。
本当に起こりませんように。

投稿: えべっさん | 2005年5月10日 (火) 08:49

一日一日を、踏みしめて生きる。
それしか、この出来事への答えはないのだと思っています。子どもらの顔を見ながら。

投稿: シーラカンス | 2005年5月13日 (金) 00:15

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