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2005年5月25日 (水)

お気に入りが消える

最近、近所のお気に入りのポイントがよくなくなっていきます。

自分の通ってた高校の校舎は今年限りで取り壊されるらしいし、学生の頃からお世話になっていた駅前の焼き鳥屋、ピザ屋が相次いで店じまい。阪急電車塚口駅駅舎の建て替えも進んでいます。

形あるものはいつかは滅びぬ。

当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。

でも寂しい。

かつての馴染みの場所がなくなってしまう寂しさって、何なんでしょうね。

昔から今までずっと毎日毎日通っていたのではなくって、むしろ最近はとんとご無沙汰だったりする場所なんですが、それが取り壊しだとか閉店だ、とか言われると、「何で急にそんなことするんだ」ぐらいの勢いで「残しておけば良いのに」と思ってしまう。お店とか今も繁盛してるのなら絶対閉店しないはずなのにね。勝手なもんです。

思い出そのものは僕らの意識の中にあるんだから、所縁(ゆかり)の場所がなくなったからといって、思い出そのものが変わっちゃったり、意味がなくなってしまったりはしません。でも、何となく、思い出が薄ぅくなって、遠のいていくような、そんな感覚。

こうやって場所も変わっていくんだから、あの楽しかった思い出もそのうち擦り切れるように思い出せなくなっちゃうんだろうな。ああ寂しい。

って、寂しさなんでしょうね。

むしろ、一度も再訪していない思い出の場所のほうが「美しい思い出のまま」でいいかもしれません。心の中の世界遺産、かな。

僕にとっての心の世界遺産はニューヨークですね。世界が変わってしまう前の、双子のビルが仲良く並んで建っていた頃のNew York。今は亡き友が元気で生きていた街、New York。きっと今行くと浦島太郎なんでしょうね。んー、再び訪れたいような、訪れたくないような。一つの街を訪れるのは一度かっきりというのがいいかもしれません。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ほんと、自分のお気に入りが消えるのって、寂しいですよね。
私なんか、実家に帰る度に、風景が少しずつ変わっていくのが
すごくよくわかるんですよ。
ずっと住んでいたら、そうは思わないのかもしれないけど。

コイッチさんのサイトも続けてね。
お気に入りがなくなるのは、本当に寂しいから...

投稿: Kanko | 2005年5月25日 (水) 16:00

ご心配ありがとう>Kankoさん

あまりにエントリー少ないんで、
虫の息なのかと心配してくれたのでしょうが、大丈夫ですよ。

書かなきゃ!って思わないようにしてます。
だから長く続くと思います。ご心配なく。

投稿: コイッチ | 2005年5月25日 (水) 17:29

僕も通っていた中学校はこの春統合されて母校はなくなってました。

それより、大阪でほんとーに大好きで大好きでたまらなかったカフェがなくなるときに号泣してしまった思い出があります。
マスターがいなくなるわけでも、お客さんと別れてしまうわけでもないのに悲しくなるのは、ある時期自分が思い入れてた「場所」の喪失感なんでしょうね。
 もうその店が無くなって4年経ちますが、その店への思い入れは、今でも変わりませんよ。コーヒーの味も、カレーの味も、未だに舌に残っています。

投稿: キュウ | 2005年5月26日 (木) 00:52

たまに。。
突然解体された場所に何のお店があったか、
ど~しても思い出せない時があります。
それはそれで淋しかったり。。

投稿: えべっさん | 2005年5月26日 (木) 08:39

>キューちゃん
味ね!それだな。
「お気に入りの味」って代わりが見つからないもんね。
代わりのものがないんだな、その辺に寂しさの理由があるのかもね。
マクドナルドとかタワレコがなくなって困ることはあっても、寂しくはならないかも。

>えべっさん
えー、それは・・・。
お気に入りの場所が壊される寂しさではなく、
●ミソの一部が壊れていることに気づく寂しさですね。
僕も最近よく経験します・・・orz

投稿: コイッチ | 2005年5月26日 (木) 10:10

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